俺のやってきた勉強に意味はあるのか?

今までやってきたこと

今年の11月上旬から 、LPICの問題集(通称白本)で勉強を始めた。現場で使っていることもあり、やり始める前はそんな難しい印象はなかったが、実際に問題を解くとこれが結構難しい。

というのも、自分が対応している現場の保守工程だと、障害の情報採取、個別案件という小さな開発しかやらないため、経験できる範囲が限られてくる。実際に仕事で使う場合、事前事後作業はほぼ決まった手順であり、真ん中に更新コマンドがほんの少しある程度だ。このため、仕事ではその更新コマンドをマニュアルで調べたり、サポートで裏どりするので、コマンドを覚えること自体にあまり必要性を感じないのだ。

だが、LPICに合格するためには、コマンドはもとより、様々なオプションも覚えなければいけない。非常に苦痛だったが、わかりにくい、覚えにくいところを何周か問題集を解き、CentOS7で実際にコマンドを叩いたり、設定値ファイルを参照した。

また、フォロワーから教えてもらったping-tという資格対策サイトで、通勤時に問題を解き続けた。

これは意味があるのか

前述したやり方で問題を解き続けたが、何故か覚えられない。問題を解いても、違う角度で出題されるとまったく解けない時がある。他の人からしたら、量が足りないと言ってしまえばそれまでだが、たとえ量を消化したとして、それは10年後、自分の中に残っているのだろうか。

10年後まで完璧に覚えている。

そこまで贅沢は言わないが、調べる取っ掛かりくらいは身につけたいと感じる。何故なら、積み上げ方式でどんどん仕事を楽にしていきたいからだ。

そのためにも、綺麗ごとかもしれないが一過性のものに留めずに、自分にこびりつくようなやり方でやっていきたいと考えている。

どう覚えるのか

101を勉強していくうちにあることに気づいた。まぁ、当たり前かもしれないが、自分が覚えなければいけないのは”コマンド”でなく、もしかしたらLinuxの”機能”なんだということだ。

これは、言葉だと当たり前に感じるかもしれないが、自分の中では認識に大きな差がある。例えば、車のネジの種類をいくら暗記したところで大抵は覚えらないが、ネジが集まった大きなもの、車とか洗濯機は覚えられそうなのだ。これには目的があり、それを実現させる仕組みがあるからだ。

こういったように、Linuxの機能にも目的があり、仕組みがあると考える。

自分は目的のない、もっと正確に言えば目的のわからないネジは覚えられない。これと同様に目的のわかりにくいコマンドも覚えにくいのだ。

だから、Linuxの機能の目的、それを実現する仕組み、それと紐づけてコマンドを覚えられたとしたら、きっと10年後の自分にこびりつくような予感がある。

この予感を信じて、LPICの問題からLinuxが提供している機能を掘り下げて、ブログに書き殴る。

以上

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